鹿児島市電の線路一面が芝生で覆われた写真がSNSで話題になったことをきっかけに、路面電車の軌道緑化に関心を持つ人が増えています。写真だけを見ると全線が緑化されているように見えますが、実際には特定の停留所周辺だけなど限定的な導入にとどまっている事業者も少なくありません。本記事では、鹿児島をはじめとした国内各地の路面電車における軌道緑化の事例と、その背景にある芝生選びの工夫を整理してご紹介します。
路面電車の線路が芝生になっているのを見たことがあるけど、あれって本当に芝が生きているの? メンテナンスはどうしているんだろう?




はい、実際に芝が根付いています。ヒートアイランド対策や景観向上を目的に、各都市が試行錯誤しながら緑化専用の基盤材や耐久性の高い品種を採用しているんです。
路面電車の軌道緑化は何のために行われるのか
路面電車の線路に芝生を植える取り組みは、都市部のヒートアイランド現象を緩和する目的で広がってきました。アスファルトや石畳に比べて表面温度が上がりにくく、周辺の気温上昇を抑える効果が期待されています。加えて、緑豊かな街並みをつくる景観向上や、電車通過時の走行音を和らげる騒音低減、さらには軌道内への車両侵入を防ぐ効果もあるといわれています。
芝生には公共空間の緑化以外にも多くの用途があります。低コストで維持したい公園、擦り切れへの耐性や通年での緑を求められるスポーツ競技のグラウンド、法面の土壌保護など目的は様々です。路面電車の軌道緑化は、こうした公共空間の緑化事例の一つとして位置づけられます。
SNSに投稿される写真は緑化が美しく整った箇所を切り取っていることが多く、全線が芝生で覆われているような印象を与えます。実際には交通量が多い区間や急曲線部分などは、従来通りアスファルトや石畳のままにしているケースがほとんどです。
国内で軌道緑化を実施する事業者は年々増えていますが、2010年時点の調査では国内19事業者のうち軌道緑化を実施していたのはわずか3社にとどまっていました。まだ発展途上の取り組みだったことがうかがえます。
参考として、国内軌道緑化の現況調査「国内軌道緑化の現況調査」にはヒートアイランド抑制効果を主目的として、景観向上や車両侵入防止を副次的な効果として挙げる事業者が多いことが報告されています。



ヨーロッパにおける路面電車の軌道緑化
ドイツ・ドレスデンを旅行した際、市内を走る路面電車の線路が西洋芝で緑化されている光景を目にしました。訪れたのはちょうど黄葉の季節で、駅のホームから見下ろすと、落ち葉に混じって鮮やかな緑の帯が線路沿いに続いているのがよく分かります。もっとも、全線が緑化されているわけではなく、交通量の多い区間ではごく普通にアスファルトや石畳が使われていました。
こうした緑化はヒートアイランド現象の緩和や景観向上を目的に行われますが、日本芝とヨーロッパで主流の西洋芝には大きな違いがあります。西洋芝は通年で緑を保てる一方、暑さに弱く、夏場はほぼ毎日水を撒く必要があるため、低コストでの景観維持には向きません。反対に日本芝は暑さに強く水やりの手間も少ないものの、冬になると地上部が枯れて茶色くなる「冬枯れ」が課題になります。
日本芝と西洋芝、軌道緑化に向く条件の違い
| 項目 | 日本芝(高麗芝など) | 西洋芝 |
|---|---|---|
| 耐暑性 | 強い | 弱い品種が多い |
| 冬の状態 | 地上部が枯れて茶色くなる | 通年で緑を維持できる |
| 夏の水やり頻度 | 少なめ | 毎日必要になることが多い |
| 維持コスト | 比較的低い | 高くなりやすい |
| 主な採用例 | 公園、法面、公共空間 | 景観重視の施設、サッカー場、ゴルフ場 |
日本国内でも西洋芝は使われています。景観を重視する東京駅前広場やディズニーランド、通年での緑化が求められるサッカー場や競馬場、ゴルフ場などが代表例です。路面電車の軌道緑化においても、通年で緑を保ちたいか、それとも低コストでの維持を優先するかによって、どちらの芝を選ぶかが分かれてくるといえるでしょう。
鹿児島の路面電車における「軌道敷緑化整備事業」
「金沢おもしろ発掘」さんが鹿児島を訪れた際、路面電車の軌道に芝生が植えられている様子を軌道敷緑化整備事業で紹介しています。この記事に興味を持ち、路面電車の緑化について詳しく調べてみると、鹿児島市電は国内の軌道緑化を代表する成功事例であることが分かりました。
鹿児島市電で使われているのは高麗芝たまが手がける改良高麗芝で、水やり・芝刈り・除草・追肥といった一連の管理作業が定期的に行われています。鹿児島での成功が起点となり、他都市でも軌道緑化に取り組む事業者が増えていく流れが生まれたようです。今回の記事では、鹿児島を訪問された方から現地の写真を@ken_c_loさんにてご提供いただきました。
鹿児島市電の軌道緑化事例
「鹿児島市電」は鹿児島市交通局が運営する路面電車です。九州新幹線の開通にあわせた駅前整備事業の一環として、市の公園緑化課が主体となって軌道緑化を実施し、全線8900mを芝生化する計画が進められています。詳細は鹿児島市電軌道敷緑化整備事業|鹿児島市で確認できます。
芝生化によってヒートアイランド現象の緩和、景観向上、電車通過時の騒音低減といった効果が得られるうえ、維持管理コストもアスファルトより低いとされています。鹿児島市電の緑化を特徴づけているのが「シラス緑化基盤」の採用です。これは鹿児島特有の「シラス台地」から産出される「シラス」の優れた保水性・透水性を活かした基盤材で、水はけと保水のバランスに優れているため、路面電車特有の過酷な環境でも芝の根を安定して支えることができます。
鹿児島県に広く分布する火山噴出物の地層「シラス」を加工した緑化用基盤材です。保水性と透水性を両立させているため、雨の少ない時期でも根に水分を保持しつつ、大雨時には速やかに排水できる点が軌道緑化に適しています。
世界でも珍しい”芝刈り電車”の運用
鹿児島市電が運用する専用車両は、散水車の機能を持つ牽引車が芝刈り機を搭載したトレーラーを引く「芝刈り電車」です。開発・製作には4000万円かかったものの、従来2800万円かかっていた維持費用より20%安く抑えられるとされています。
線路の敷かれた軌道上は一般的な芝刈り機を扱いにくい特殊な環境です。鹿児島市電は全線を機動力化しており、緑化総面積は国立競技場数個分にも達するため、専用車両による省力化は理にかなった投資といえるでしょう。詳しい経緯は(17) 鹿児島市交通局 芝刈り電車 散水電車 – YouTubeで紹介されています。
専用の芝刈り電車と保水性に優れたシラス緑化基盤を組み合わせることで、広大な軌道面積を効率的に管理できています。景観向上と維持コストの低減を同時に実現している点が、他都市から注目される理由です。
全国に広がる路面電車の軌道芝生緑化事例
鹿児島の成功例をきっかけに、日本各地の路面電車事業者が軌道緑化に取り組み始めています。それぞれの都市で採用している基盤材や芝の品種、緑化区間の規模には違いがあり、地域の気候や交通事情に応じた工夫が見られます。
大阪・天王寺(阪堺電気軌道)
大阪と堺を結ぶ阪堺電気軌道(阪堺電車)では、2016年に行われた上町線移設工事にあわせて、天王寺駅前停留所付近に関西で初めての芝生軌道が誕生しました。あべのハルカスに近い天王寺駅前発の上町線は、それまで幹線道路であるあべの筋の中央を片側一車線で走っており、線路移設による道路拡幅で渋滞解消も期待されています。あべのハルカスに隣接する天王寺公園のエントランスエリアも2015年10月に7000平米の芝生広場としてリニューアルオープンしており、駅前から公園まで緑の景観がつながっているのが印象的です。
長崎電気軌道
長崎の路面電車を運営する長崎電気軌道株式会社は、2006年に開催された「路面電車サミット」に合わせ、全額自費で40m(約180平米)の軌道を緑化しました。専用軌道は全体で8kmありますが、観光地を中心とした限られた区間でのトライアル的な導入にとどまっており、現在も大部分はアスファルト、砕石、石畳のままです。今後も観光地を中心に緑化を進める方針とされています。
熊本市電
熊本地震で熊本城をはじめ大きな被害を受けた熊本市ですが、2014年から路面電車の軌道緑化が始まっています。「市電軌道敷緑化募金」という制度を設け、事業者や団体、市民からの寄付によって維持経費を捻出している点が特徴です。詳細は市電緑のじゅうたん事業 / 熊本市ホームページで紹介されています。
富山「ポートラム」
富山ライトレール株式会社が運営する「ポートラム」では、富山駅北停留場および市道富山駅北線(ブールバール)区間の軌道内に芝生が植えられています。2015年に採用された「greenbiz」は、染色産業の廃棄物である余剰バイオマスケイクを有効利用して開発された超微多孔性の発泡セラミックス基盤で、詳しくは~世界初!エコ建材greenbizを用いた軌道緑化~富山ライトレール軌道緑化試験施工|小松精練株式会社のプレスリリースや富山ライトレール 軌道緑化を施工しました! | 建設総合サービス業のトーケンで解説されています。緑化には国と市からの補助金が使われ、維持管理費は富山市が負担しています。
豊橋市電
豊橋市電では2017年4月に軌道の一部140mが芝生で緑化されました。使用されているのは「ビクトール芝」と呼ばれる、長期緑色型ダメージ耐性タイプのハイブリッドコウライ、つまり改良高麗芝です。高麗芝など日本の夏芝は秋冬に紅葉して地上部が枯れますが、赤紫色の元になるアントシアニン色素を遺伝子レベルで消失させることで、冬枯れ時の見た目を改善している品種です。実証実験では路面温度がアスファルトと比べて20度も低くなる結果が出ており、詳細はビクトール(長期緑色型ダメージ耐性タイプ)ハイブリットコウライ | ニチノー緑化と豊橋・市電の軌道緑化 駅前大通の約140㍍で完了 | 東愛知新聞で報告されています。
都電荒川線(大塚駅付近)
東京都交通局が運営する都電荒川線は、2016年に軌道緑化に向けた検証実験を開始すると発表しました。協力企業は株式会社トーケンで、富山「ポートラム」での緑化実績が評価されての採用と考えられます。詳しくは都電荒川線の軌道敷きにおける緑化検証実験を開始|東京都で紹介されています。
国内の軌道緑化事例まとめ
| 都市・路線 | 緑化開始年 | 特徴 |
|---|---|---|
| 鹿児島市電 | 2006年頃〜 | 全線8900m計画、シラス緑化基盤、芝刈り電車を運用 |
| 大阪・阪堺電気軌道 | 2016年 | 上町線移設にあわせ関西初の芝生軌道が誕生 |
| 長崎電気軌道 | 2006年 | 路面電車サミットを機に自費で40mを試験緑化 |
| 熊本市電 | 2014年 | 市民・事業者からの募金制度で維持費を捻出 |
| 富山ポートラム | 2015年 | 廃棄物由来のセラミックス基盤「greenbiz」を採用 |
| 豊橋市電 | 2017年 | 紅葉しない改良高麗芝「ビクトール芝」を採用 |
| 都電荒川線 | 2016年〜(検証実験) | 富山の実績を持つ企業と共同で実証実験を実施 |
欧州における軌道緑化と国内への広がり
欧州鉄道フォトライターの橋爪智之さんが東洋経済オンラインに寄稿した路面電車建設「反対意見」は本当に正しいかでは、オランダ・ロッテルダムで専用の芝生軌道を走る路面電車の写真が紹介されています。同記事の冒頭では、日本国内でも鹿児島に芝生緑化事例があることに触れられており、欧州の取り組みが国内の事例と並べて紹介される機会が増えてきていることがわかります。
ヨーロッパでは西洋芝による通年緑化が主流である一方、日本では日本芝の冬枯れという課題を抱えつつも、改良品種の開発や独自の緑化基盤材によって、それぞれの気候や予算に合わせた最適解を探る動きが続いています。
路面電車の軌道緑化は、鹿児島市電を先駆けとして大阪・長崎・熊本・富山・豊橋・東京と全国に広がりつつあります。多くの事業者が限定的な区間から緑化を始め、シラス緑化基盤や改良高麗芝、廃棄物由来のセラミックス基盤といった独自の工夫を重ねながら、ヒートアイランド対策と景観向上、維持コストのバランスを取っています。
よくある質問
- 路面電車の軌道緑化は日本全国で行われているのですか?
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全国一律で進んでいるわけではなく、鹿児島市電のように全線での緑化計画を持つ都市もあれば、長崎電気軌道のように一部区間のみで試験的に導入している事業者もあります。SNSの写真だけでは全線緑化と誤解されがちですが、実際は限定的な導入が多いのが実情です。
- 軌道緑化にはどんな種類の芝が使われていますか?
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鹿児島市電では改良高麗芝、豊橋市電では冬枯れ時に紅葉しない「ビクトール芝」という改良高麗芝が使われています。日本芝が中心ですが、ヨーロッパでは通年緑化が可能な西洋芝が主流です。
- 冬になると軌道の芝は枯れてしまうのですか?
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高麗芝などの日本芝(夏芝)は秋から冬にかけて地上部が枯れ、茶色くなる傾向があります。豊橋市電で採用されているビクトール芝のように、紅葉を抑える改良品種を使うことで冬場の見た目の変化を軽減する工夫も進んでいます。
- 軌道緑化のメンテナンスはどのように行われていますか?
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水やり、芝刈り、除草、追肥といった通常の芝生管理に加え、鹿児島市電では散水と芝刈りを同時に行える専用の「芝刈り電車」を運用しています。線路上は一般的な芝刈り機が使いにくい環境のため、こうした専用車両の導入がコスト削減に役立っています。







