アメリカでは「手入れされた芝生こそアメリカンドリームの証」という価値観が根強く、庭の芝を美しく保つことが不動産価値そのものに直結すると考えられています。そんなお国柄を象徴する出来事が、2017年の夏に起きました。バージニア州に住む11歳の少年が、大統領に手紙を書いてホワイトハウスの芝刈りを申し出て、実際に許可されたのです。
子供の頃から小遣い稼ぎをする文化を持つアメリカらしいエピソードでもあり、当時のトランプ大統領も少年の働きぶりを称賛しました。この記事では、少年の申し出の経緯から、ホワイトハウスで使われている芝草の品種、さらにアメリカ各地に存在する「芝生の高さ規制」まで、アメリカの芝生事情を掘り下げて紹介します。
フランク少年、ホワイトハウスの芝刈りを申し出る
バージニア州に住むフランク少年は当時11歳。近所の芝刈りサービスでお小遣いを稼いでいました。「何か大きなことをしたかったんだ。ホワイトハウスでもいいじゃないか」。そう考えた彼は2017年8月、当時のアメリカ大統領に手紙を書き、ホワイトハウスの芝刈りをさせてほしいと申し出ます。
普段の芝刈りサービスでは8ドルを受け取っているそうですが、この日は無償での作業でした。フランク少年の手紙は公開されており、今の若者にも大きなことに挑戦する意欲があると示したい、という素直な思いが伝わってきます。ホワイトハウス側もこの申し出を受け入れ、少年にアメリカンドリームを体験させました。
.@SHSanders45: "It is our duty to keep the American dream alive for kids like Frank." pic.twitter.com/kaUMlgHn75
— The White House (@WhiteHouse) 2017年8月2日
Eleven-year-old Frank Giaccio wrote a letter to Trump offering to mow the White House lawn. Today he got his chance https://t.co/Gl8sMvwMPc pic.twitter.com/Sxm04ShjIz
— Reuters Pictures (@reuterspictures) 2017年9月15日
トランプ大統領も絶賛、耳栓で気付かず作業に没頭
作業当日、トランプ大統領も自ら顔を見せ、少年とハイタッチを交わしました。大統領はその後「よくやった。(普段芝を管理している)@NatlParkServiceからも最高評価だったぞ」とツイートしています。アメリカの成績評価はABCDEFで表され、A+はその中でも最高の評価にあたります。
Frank “FX” Giaccio-
On behalf of @FLOTUS Melania & myself, THANK YOU for doing a GREAT job this morning! @NatlParkService gives you an A+! pic.twitter.com/135DxuapUI— Donald J. Trump (@realDonaldTrump) 2017年9月15日
面白いのは、大統領が大声で呼びかけても少年が気付かなかった場面です。ホワイトハウスの芝を一心に刈り続けるフランク少年の姿を捉えた写真は、ロイター通信が選んだ「2017年を象徴する写真」の一枚にもなりました。
動画を見ると理由がよくわかります。フランク少年は耳栓とゴーグル、手袋で完全防備の状態でした(本来は長袖長ズボンでの作業がより望ましいとされます)。エンジン芝刈り機の騒音と耳栓のせいで、大統領の声が聞こえなかったようです。
芝生を刈る少年に向かって大統領が叫んでいる写真は、政治的に分断された今日の米国ではさまざまな解釈を呼ぶかもしれない。
だが私にとってこれは、ほとんど大統領を無視しているようにさえ見えるほど、自分の仕事に夢中になっている少年の写真にすぎない。
少年が使った芝刈り機はホンダのロータリー式
動画に映る芝刈り機は、Hondaのロータリー式エンジン芝刈り機です。キャッチャーは外されていますが、形状はHRX537に近いモデルに見えます。ホワイトハウスの芝刈りには本来100坪以上の芝生にはエンジン芝刈り機のような機種が使われますが、価格は15万円から20万円ほどするため、この日は親の芝刈り機を借りて持ち込んだのかもしれません。
下記の記事では、ホワイトハウスで緑色の乗用芝刈り機が使われている様子を紹介しています。美観が重視される場所では、ロータリー式よりも刈り跡が美しく仕上がるリール式の芝刈り機が使われる傾向にあり、今回フランク少年が持ち込んだHondaの芝刈り機はあくまで特別な一日限りの助っ人だったと考えられます。
White House tours set to start again after being suspended since March
ホワイトハウスの芝生はトールフェスクとケンタッキーブルーグラスの混合
ニューヨーク・タイムズの記事によると、ホワイトハウスの芝草は「Kentucky 31 Tall Fescue」と「Kentucky Bluegrass」を混ぜたものです。西洋芝の管理では、特性の異なる2種から3種の芝を混合して使うのが一般的です。芝生の種類と特徴でも触れられている通り、ケンタッキーブルーグラスは寒地型芝草の中でもっとも一般的な品種の一つとされています。
ホワイトハウスがあるワシントンは、緯度でいえば仙台と同じくらいです。冬は東京より5度ほど低く、夏は30度を超える日もあり、日本の冷涼地と温暖地、両方の気候の特徴を併せ持っています。ケンタッキーブルーグラスは夏の30度超えで休眠しやすい性質があるため、耐暑性に優れたトールフェスクを混ぜることで、一年を通じて緑を保っていると考えられます。
BRIEFING – Greening the White House – NYTimes.com
アメリカでは芝刈りが義務?芝生罰金条例の実例
「アメリカでは芝刈りを怠ると罰金を取られる」という話を耳にしたことがある人も多いのではないでしょうか。実際の条例や運用を調べると、単なる噂ではなく、複数の自治体で明文化された規制が存在することがわかりました。ここでは3つの自治体の条例と、実際の運用事例を紹介します。
多くの自治体では、芝生と雑草を8インチ(約20センチ)以内に抑える条例が定められています。違反すると強制的に芝が刈られ、罰金を科されるという内容が一般的です。品種によって差はありますが、20センチもの高さになれば芝生とは呼べず、庭が放置されて雑草だらけになっている状態を想定した規制だといえます。
行政が実際に介入するのは、相当ひどい状態に限られます。そう考えると、この問題には2つの層があると整理できそうです。一つは「手入れされた芝はアメリカンドリームの証」という価値観、もう一つは「手入れされていない芝は周辺の不動産価値に悪影響を与える」という近隣トラブルの側面です。不動産価値の維持や向上という観点に立てば、8インチ=20センチという基準は当然ながら緩すぎで、実際には10センチ以下、理想をいえば5センチ以下が求められる水準ではないかと思います。
また芝生の雑草対策で触れられているように、雑草は近隣の庭から種が飛んでくることでも広がります。自分の庭だけをきれいに保っていても、隣家の管理状態しだいで悩まされるケースがある点も見落とせません。
カリフォルニア州サンバーナーディーノ郡アップル・バレーの芝生条例
郡の下に位置する自治体で、町に相当する規模と考えられます。「伸びすぎた芝生や雑草」を定めた条項では、すべての不動産所有者に対し、敷地内の雑草や芝生を8インチ(20センチ)以内に抑えるよう義務付けています。違反した場合は公序良俗違反にあたるとされ、対象範囲についても「all areas of the lawn, front, sides and back, as well as trimming throughout the entire property.」と、敷地内全面の芝生が対象であることを念押ししています。
LONG GRASS & WEEDS
All property owners within the city shall remove, cut, dispose and prevent the growth of weeds, grasses and rank vegetation or other uncontrolled plant growth on their property in excess of eight inches in height. A violation of this section shall constitute a public nuisance. This ordinance pertains to all areas of the lawn, front, sides and back, as well as trimming throughout the entire property.
Frequently Requested Ordinance Summary – Apple Valley, California
ミシガン州バーミンガム市の芝生条例
バーミンガム市の条例では、公告から10日後に違反が確認された土地について、市が伐採を実施し、最大200ドルの罰金を科すと定めています。不動産所有者には、草や雑草の伐採費用として最低135ドルが請求される仕組みです。芝や雑草の高さの基準は、こちらも8インチ=20センチとなっています。
ウィスコンシン州マディソンの手続き
ウィスコンシン州マディソンでは、8インチを超える芝や雑草を放置した場合、次のような手続きが取られます。
- 近隣からの通報などで違反が確認される
- 不動産所有者に公的な通知が送付され、通常10日の猶予期間内に芝刈りを求められる
- 期限を過ぎても違反状態が続く場合、検査官の確認を経て、シーズン中の初回は172ドル、2回目以降は298ドルの罰金が科される
通報から罰金まで一定の手順を踏む点は、行政としても慎重に運用していることがうかがえます。
Tall Grass & Weeds – Building Inspection & Code Enforcement – DPCED – City of Madison, Wisconsin
こうした条例が実際どの程度運用されているのか、シカゴ在住の方の証言も参考になります。シカゴの基準は2フィート(約60センチ)で、他の自治体の8インチよりは緩やかですが、「放置は許されず強制執行される」という点は共通しています。
雑草などが放置されて草ボウボウに荒れ果てたりすると、周辺の家の土地価格評価にも悪影響があるので、雑草が2フィート以上の高さまで放置されたりすると、近所の家から市町村に通報されます。
そして市町村から担当者が現地確認に来た後に警告の手紙が届き、何時までに処置を施さないと罰則を科すと警告されます。それを無視すると、市町村から委託を受けた庭手入れ会社がやってきて家のオーナーの許可なしに芝刈りを行います。そして、後日、その請求書が市町村から届きます。
シカゴのガーデニングの事情 ( ガーデニング ) – 米国ミッドウエストの光景 – Yahoo!ブログ
いくつかの条例では、深夜や早朝の騒音規制の一例として「早朝の芝刈り機」が挙げられているケースもあります。芝刈り機の音がアメリカの住宅街ではごく身近な生活音として扱われていることがわかります。フランク少年のエピソードは微笑ましい出来事ですが、その背景には、アメリカの住宅事情に深く根付いた芝生文化があるといえるでしょう。








